
人の心を動かすエレクトーン献奏
エレクトーンで故人の人生を彩り、最期の時間を音楽で包む。
その思いを胸にエレクトーンによる献奏というかたちで祈りの音楽を届け続けているのが心の音社の中村麻由さんです。
代表である麻由さんは、統括マネージャーを務める妹の菜々さんとともに心の音社を立ち上げ、東京(一都三県)を拠点に活動しています。
心の音という名のとおり、目に見えない心を同じく目に見えない音でまっすぐに届けること。
葬儀の空間で音楽が持つ役割と力を信じ、ひとつひとつの式に真摯に向き合っておられます。

演奏が心に届くということ
エレクトーンを始めたのは3歳の頃。
お母様もまたエレクトーン奏者であったことから、自然と音楽が日常にありました。
大学卒業後は、長年の夢だった日本発の世界的楽器メーカーに、演奏家として就職されました。
楽器の販売促進や音楽教室の生徒募集を目的に、ショッピングモールや商店街、展示会などでエレクトーンを演奏する日々。華やかで人と音楽をつなぐやりがいがある一方で、人々が行き交う雑踏の中で演奏を続けるうちに「この音楽は誰に届いているのか」「何のために弾いているのか」と自問するようになっていったといいます。
そんなとき、葬儀での演奏依頼を受けることになり、20代前半だった麻由さんがその場を任されることになります。故人様のそばで演奏を始めると、参列者の方々が次第に涙をこぼし始め、最後には喪主の方が声を上げて泣いておられたそうです。式のあと、その喪主の方が駆け寄り「母の好きだった曲で、母らしい式ができたことで最後に親孝行することができた」と手を握って伝えてくださいました。
その時に、麻由さんは音楽の本当の力を感じたとおっしゃいます。誰かの心を動かし、寄り添い、支えることができること。自分の演奏が意味を持ったのだと、深く心に刻まれたといいます。


東京での再出発、そして「心の音社」へ
関西での活動を経て、体調を崩されたことを機に一時演奏から離れます。その後、回復とともに妹・菜々さんの暮らす東京へ移られ、再び献奏を届けたいという想いで活動を始められました。
当初は、資料を持って葬儀社を一軒一軒まわり、お話を聞いていただくことからの出発でした。しかし、なかなか理解は得られず、演奏の機会をつくるまでには多くの壁があったといいます。
その中で、エンディング産業展での出会いが大きな転機となりました。活動に共感してくださる方々とつながりが生まれ、演奏の機会や人脈が少しずつ広がっていきました。
東京で初めて献奏を正式に導入してくださった葬儀社様と出会えた年、「心の音」という屋号が誕生しました。
数年間は麻由さんお一人でその活動を広げてこられました。その後、導入する葬儀社様が増えていく中で奏者を迎え入れ、菜々さんに運営を託す体制へと広がっていきました。
そして、一人の手を離れたタイミングで「心の音社」へ屋号を改められました。
屋号の最後に「社」という字を加えられたのは、志を同じくする奏者たちと音を届ける組織へ、そして音楽の使者として社会と向き合っていく決意が込められています。

心の音社が想う献奏が持つ4つの意味
心の音社では、献奏の根幹となる意義を4つの柱として大切にされています。
単なる演奏ではなく、葬儀という特別な時間の中で音楽がどのように人の心に寄り添い、何を届けることができるのか。真摯に向き合い続けてこられたからこそ、献奏に込める意味が一つひとつ丁寧に形づくられてきました。

1. 音楽によって「時間をつくる」こと
葬儀の場では、ご遺族や参列者の皆様が静かに故人様に思いを馳せる時間は実は多くありません。
献奏の時間は、そうした想いを向けるための大切な時間となります。
歌詞のない演奏だからこそ、それぞれが故人様への思い出や感情と向き合うことができ、心の整理をする時間へとつながります。
2. 音楽で「伝える」こと
人が亡くなったあとも、聴覚はしばらくの間残っているといわれています。
音に対して脳が反応することが医学的にも確認されており、最後まで届く感覚が音であるそうです。
音楽は最期に贈ることのできる言葉と捉え、故人様へしっかりと届くよう、想いを乗せて演奏をされています。
3. 音楽によって「記憶を刻む」こと
音楽には、人の記憶と強く結びつく力があります。その人の好きだった曲やよく聴いていた音楽は、その人の人生や人柄をまざまざと思い出させてくれます。葬儀で演奏された音楽はその日の感情とともに深く心に残り、数年後もふとしたときにそのメロディーを聞くだけで故人様との記憶が鮮やかによみがえります。
三回忌で、お孫様に「この曲を通して、おばあちゃんのことを感じてほしい」と献奏を依頼されたご家族もいらっしゃいました。当時まだ幼く祖母の記憶がほとんど残っていないお孫様に、音楽でその面影を伝えたいという温かな願いが込められていました。
4. 音楽で「故人様らしさを表現する」こと
故人様が好きだったジャンルや、青春時代に聴いていたアーティスト、大切な人と一緒に聞いた曲。
その一つひとつには、その方の人生の物語が込められています。
どんなジャンルであっても「この方を送るなら、この音楽を」と思える曲を丁寧にアレンジすることで、葬儀にはふさわしくないと諦められがちな曲もその場にふさわしい形で奏でていきます。ただのBGMではなく、その人らしさを音で表現する大切な役割を果たしています。
一台で世界を奏でるエレクトーンの魅力
心の音社のエレクトーン献奏は、ただ音を届けるのではなく、誰のための音楽なのかを大切にされています。
演奏に先立って、必ず司会者や担当スタッフの方にご相談し、故人様の人生やご遺族の想いを丁寧にヒアリングします。その背景をもとに、曲のアレンジを一つひとつ練り上げていきます。
演奏に必要なのは、技術や音楽性だけではありません。奏者自身が心身ともに整っていること、敬意を持って場に臨むこと。緊張感と誠実さを持って、そのひとときに向き合う姿勢が、何より大切だと語ってくださいました。

エレクトーンには1,000種類を超える音色が搭載されており、ピアノやバイオリン、聖歌隊、オーケストラ、和楽器、オルガンなど、あらゆる音を一人で奏でることができます。
たとえば、トランペットが好きだった方のために金管楽器で構成したり、競馬が好きだった方には出走時のファンファーレを演奏したり、ビートルズが好きなご夫婦の式では全曲ビートルズで構成したこともあったそうです。エレクトーンであれば、その方の人生にふさわしい音楽を自由に表現することが可能です。
葬送に献奏という選択を
中村麻由さんと菜々さんは、福岡で育った実の姉妹です。
幼い頃から仲が良く、大人になったら東京で二人で何かをするという漠然とした夢が、今、献奏というかたちで実現しています。
菜々さんはもともとリラクゼーションのセラピストとして人を癒す仕事に携わっておられました。
その経験は、悲しみに寄り添う今の仕事に自然とつながっているといいます。

お二人は、献奏という文化がまだ多くの方に知られていないことを感じていらっしゃいます。だからこそ、献奏が誰にとっても当たり前にあるものとして受け入れられる世の中になってほしいと願っておられます。
また、エレクトーンという素晴らしい楽器の魅力も、もっと多くの人に知ってもらいたいと考えています。
演奏家が活躍できる場が限られている今の状況を変え、心に届く音楽を届けられる機会を広げていくことも、お二人の大切な目標のひとつです。
【取材後記】大切な人との記憶を音に重ねるエレクトーン献奏は、葬儀に新たな意味をもたらすものだと感じました。エレクトーンが奏でる様々な音色が想いを運び、残された方々の記憶に残る別れの時間を作り上げていました。今後の葬送の選択肢としてより広く受け入れられていくことを願っています。
