赤ちゃんと妻を見送る日、納棺師が見届けたのは
言葉のない想いと、静かに交わされた感謝のしるし
声にならない時間
私の中で静かに、深く残り続けているお見送りがあります。
それは、お腹に7ヶ月の赤ちゃんを宿したまま旅立たれた、30代のお母さまとご家族との出会いでした。赤ちゃんもまた、お母さまと一緒に静かに旅立っていかれました。
初めてお会いしたとき、赤ちゃんはお母さまの胸にそっと抱かれていました。そばにいたご主人は、泣くでもなく言葉を発するでもなく、ただ現実に押しつぶされるように深い沈黙の中に立ち尽くしておられ、私たちの存在さえ見えていないようでした。
その姿は、悲しみを超えた、言葉にできない感情に包まれているように見えました。
だからこそ私たちも、どんな言葉が適切なのか分からず、ただ手探りで、静かに寄り添うことしかできませんでした。
そっと、ふたりの旅支度
限られた湯灌の時間の中で、何かご家族のためにできないかと考え、ご主人にそっと声をかけました。
「娘さんを、お父さまの手で沐浴して差し上げませんか?」
ご主人は、少し間をおいて、静かに「……はい」と頷かれました。
そこからの時間は、言葉ではなく、静けさと想いに包まれていました。
ご主人は、小さな赤ちゃんを抱くように、その手で静かにぬくもりを届けていらっしゃいました。
言葉は交わさずとも、そのひとつひとつの動きに、深い愛情が感じられる、あたたかな時間でした。
沐浴を終えたあと、次は奥さまの湯灌へと進みました。
長く美しかった髪。縫合のあとに乱れた髪を、ご主人と一緒に、丁寧に整えていきました。
「髪の毛をお持ちになりますか?」とお声がけすると、ご主人は静かにうなずかれました。
その頷きに込められたのは、形として残る何かをという、ご主人なりのお別れのかたちだったのかもしれません。
扉の向こうの10分間
納棺の旅支度が整い、いよいよお棺へとご移動いただくその前に、私はいつもご家族にお声をかけるようにしています。この時間が、ご家族として一緒にいられる“本当の最後のひととき”だからです。
ただ、いつもこの瞬間ばかりは、どんな言葉がふさわしいのか、毎回悩みます。
今回は「棺に入る前に、ご家族3人だけの家族団らんの時間を過ごしませんか?」とお伝えしました。
それはほんの10分程、けれどかけがえのない時間。
ご主人は静かに頷かれ、私たちはそっとその場を離れました。
10分ほどして「お別れできましたか?」とお声がけすると、ご主人は私の目を見て、深く頷かれました。
その瞬間、ようやく“心が通じ合った”と感じたのです。
言葉はなかったけれど、その頷きに込められた想いは、何よりも深く胸に届きました。
沈黙に込めた、たしかな想い
棺の中には、小さな服やおもちゃ、絵本など、赤ちゃんのためにご家族が用意していたたくさんの品々がそっと納められていきました。おじいさまやおばあさまたちが揃えたものもあり、「もうすぐ会えるはずだった命」を迎える準備が、そこには確かにあったのだと感じました。
赤ちゃんには、ご主人が生まれてくる日を思い描きながら選んだベビー服がそっとかけられました。本当はその小さな身体に着せてあげたかったのでしょう。けれど、手のひらほどの赤ちゃんには大きい服を「被せるだけでも構いません」と、ご主人は静かにおっしゃいました。その言葉の奥に、どうにかこの服を赤ちゃんに届けてあげたいという願いが、伝わってきました。
最後は、赤ちゃんをお母さまのぬくもりに包むように、ご主人の手でそっと胸元に寝かせました。お棺の蓋を閉じるその時間まで、ご主人は多くを語ることはありませんでしたが、最後に私たちへ深く頭を下げてくださいました。
言葉はなくても、そこにはたしかに想いがありました。

【担当者の一言/沖野さん】納棺師というお仕事はご葬家様の悲しみや悔しさ怒り等様々な感情と向き合うお仕事です。その感情に真剣に向き合うためには優しさや寄り添う心は兼ね備えた上で確かな技術とどんなご葬家様の感情も支えられる芯の強さを持つことが大切だと思っております。私自身も愛和という会社や横浜営業所の仲間達に支えられて今があります。営業所の仲間達が目の前の事実に信念を持って真剣に向き合えるようサポートしていくとともに自分自身も成長していけるよう日々精進して参りたいと思います。
株式会社愛和 セレモニー事業部
〒124-0021
東京都葛飾区細⽥4-31-16
TEL:03-5876-7330
【取材後記】静けさのなかに込められた想いに、心が揺さぶられました。言葉ではなく、視線やうなずきで交わされるやりとり。そのひとつひとつに、ご主人の深い愛情と、伝えきれない悲しみ、そしてたしかな感謝が滲んでいました。「寄り添う」という言葉の奥にある、もう一歩踏み込んだ「支える」という姿勢。納棺師の方が迷いながらも、誠実に、静かに示し続けていたことに深く心を打たれました。
