家族のために作ってくれたビーフシチュー
最期にいつもの母の顔を見れて感謝の気持ちを伝えることができました。
料理を作り終えた後に
お母さんが倒れたのは、いつも通り家族のために台所に立っていた時のことでした。
その日は家族が大好きなビーフシチューを作っていました。エプロンをつけたまま料理を終え、ようやく一息つこうとしたその瞬間、突然倒れてしまったのです。何が起こったのかわからないまま、救急車で病院に運ばれましたが、そのまま目を覚ますことはありませんでした。
母の顔を見れなくて
家族にとって、突然のお別れでした。悲しみの中で迎えたお母さんとの最後の時間。しかし、顔には倒れた際についたのか痣や傷が残り、その姿が辛すぎた息子さんたちは、お母さんの顔を見ることができず、遠く離れた場所から見守ることしかできませんでした。
落ち込む息子さんたちは口を閉ざしたままでした。
お母さんは生前、とてもきれいな方でした。その写真を手に取った納棺師の山田さんは、一つひとつ丁寧に化粧を施しました。傷を目立たなくし、生前のお母さんの表情に少しでも近づけようと、心を込めて作業を進めました。 そこには亡くなった方への敬意と、家族を支えたいという気持ちがあふれていました。
母のビーフシチュー
化粧が終わり、お母さんの姿を見た息子さんの目から涙が溢れ出しました。
「いつもの母の顔だ……」そう言いながら、声を上げて号泣しました。それまで黙っていた息子さんたちは、お母さんの元に駆け寄り、涙ながらに話しかけました。
「お母さんが作ってくれたビーフシチュー、あれから毎日食べているよ。」
お母さんが倒れたのは、ビーフシチューを作り終えた直後でした。家族が食べられるように丁寧に準備されたお母さんの最後の料理。家族は葬儀の日までそのビーフシチューを食べ続けました。「母が亡くなった後も母の手料理を食べることができた。」そう語る家族の表情には、悲しみとともにお母さんへの深い感謝がありました。
【担当者の一言/山田さん】お化粧のこの時間に立ち会われたのは長男さんと次男さんの男性2人でしたので、お化粧の仕上がりを確認されるまでは静かな時間が流れていましたが、お化粧後ビーフシチューの話をしだしてからはポロポロと涙を流してお話が始まり、私も不意なエピソードを聞いたもので一気に涙が溢れてしまい気がつくとみんなで泣いていました。
【取材後記】ご家族にとって、突然のお別れは深い悲しみを伴うものだと思います。納棺師さんの手で「いつもの母の顔」を取り戻したことで、お母さまと向き合い、感謝と思い出を語ることができました。最後まで手料理を食べてもらえたお母さまは幸せだったと感じました。