形式を超えたご住職の言葉。
夫婦が繋いだ絆を感じるお別れでした。
自転車屋の夫婦
7年ほど前、90代の女性が静かに旅立ちました。彼女は亡きご主人と共に、岡山県で自転車屋を営んでおり、長年地域の人々に親しまれてきました。ご夫婦の息子さんはすでに他界されていたため、喪主を務めたのは息子さんの奥様でした。ご家族をはじめお孫さんやひ孫さん、ご近所の方々がこの特別なお別れを見守ることとなりました。
病院から一度、故人様を家に連れて帰った際には、「子供の頃からお世話になったから」と、たくさんのご近所の方々がお悔やみに訪れ、故人様との思い出を胸に、最後のお別れを告げたのです。
ご住職の言葉
ご葬儀自体は故人様の意向を尊重して大きな規模ではありませんでしたが、棺には自転車屋の昔の写真が貼られ、ひ孫さんたちは、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが笑顔で並ぶ絵を描き、亡き夫婦への思いを形にしました。故人様が生前、病院に入院される前に時折口ずさんでいた「美空ひばりの愛燦燦」を流し、懐かしいメロディーはその場を温かな空気で包み込みました。
ご葬儀、火葬が終わり、故人様のご遺骨が戻ってきた後、地域の習慣に従って初七日の法要が行われました。そこで、普段は宗教作法に厳しいご住職ですが、いつもとは少し違った姿を見せました。最初の10秒ほどだけお経を唱えた後、静かにお話を始めました。「今日はお経も大事ですが、それよりもっと大事なお話をしましょう」と。ご住職は、ひ孫さんたちに向けて、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんがどれほど地域の人々に愛されていたか、自身の思い出を交えて語りかけました。「パンクを直してくれたこと、いつもニコニコと迎えてくれたこと」など、温かい思い出に触れ、みんなが涙を流しました。ご住職は「みんなの声を届けましょう」と言い、最後にみんなでお経を唱えました。
ご住職も、ご夫婦との特別な絆を感じていたのだと思います。泣きながらお経を唱えていたひ孫さんたちの姿は、形式にとらわれることなく、心を込めた別れが、何よりも大切であると感じさせる瞬間でした。
【担当者の一言/長瀬さん】葬儀の担当をさせていただく中で「大人から子供まできちんと参加できる儀式を提供したい」「参列者全員の記憶に残る儀式をしたい」と決意が固まった出来事でした。作法はもちろん大切ですがそれ以上に故人様のことを伝えたい!というお寺様の粋な計らいでした。
【取材後記】お寺さんの特別な配慮や、ひ孫さんたちの涙ながらの姿、地域の温かい繋がりが、このお見送りを特別なものにしたのではないでしょうか。故人様が残した温かな記憶が、次の世代へと受け継がれていくことを強く感じさせるものでした。